天人飛翔

高幡不動尊の五重塔
 「だがそれにもまして驚嘆したのは夜の塔であった。月光を浴びて瓦は黄金の光を放ち、各層は細部に至るまで鮮やかに照り映えて、全体が銀の塔と見まちがうばかりである。満天の星屑を背にそそり立つ荘厳の姿は、私がこの世の中でみた最も美しい状景であった。九輪の尖端には水煙と称する網状の金属の飾りがついているが、この水煙には飛行奏楽する天女の一群が配してある。月光のため白銀の炎のようにみえるその頂上のあたりには銀河がゆるやかに流れていた。天女の奏でる楽の音が聞こえたという伝説を残してもよかろう。夕暮れの塔をはるかに慕いつつ、やがてその下に立って月夜の姿を仰ぐまでのこの時間を、私は人生の幸福とよんでもいい。少なくとも私の半生において最も幸福な刹那であった。人間の祈りが結晶して、月のある天上に向かってそそり立つなどということはこの世の出来事とは思われない。」

 この一文は、作家亀井勝一郎が『大和古寺風物詩』の中で、奈良斑鳩の薬師寺の東塔を見て綴った『塔について』という一文を抜粋したものです。亀井勝一郎は、薬師寺の東塔については春の夜が最も良いと言っています。これがご縁でしょうか、薬師寺の白鳳伽藍の境内の大宝蔵殿の前に記念碑があり、「天人飛翔 人間歓喜」と刻まれています。薬師寺東塔の五重塔と高幡不動尊の五重塔は、そのつくり方は異なっていますが、この五重塔を見ると、亀井勝一郎が述べていることを思い出します。

  



 
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